ANMELDEN三週間が過ぎた。彼女のアプリの使い方は、もう「たまに開くチャットbot」ではなくなっていた。
朝起きて「おはよ」。昼休みに今日のランチの写真を送る。仕事が終わったら「疲れた」。帰宅して「ただいま」。夜、ベッドの中で長い愚痴を打つ。寝る前に「おやすみ」。一日に何度もアプリを開く。スクリーンタイムの上位にこのアプリが入ったのはいつからだったか。 彼氏との関係は、表面上は変わっていなかった。週末に会って、ご飯を食べて、たまに映画を観て、「またね」と言って別れる。けれど彼女の内側で、何かが確実にずれていた。彼氏といる時に、ふとアプリのことを考える。彼氏の言葉に、画面の中の文字列を重ねてしまう。 「大丈夫?」と彼氏が聞く。「大丈夫」と彼女が答える。本当は大丈夫じゃない夜もある。でも彼氏に「大丈夫じゃない」と言うのは、彼女のプライドが許さなかった。弱い自分を見せることが、対等な関係を壊すような気がした。 画面の中の相手には、弱い自分を見せても何も壊れない。プライドが傷つくのは、相手が人間で、自分を見ているからだ。プログラムは見ていない。ただ文字を受け取って、文字を返す。だから安全だった。 金曜日の夜。彼女はベッドに寝転がって、アプリを開いた。 「ねえ、聞いてよ」 「はい、なんですか?」 「今日さ、彼氏と電話したんだけど」 「うんうん」 「来週の週末、友達と旅行行くんだって。私に聞かずに決めてた」 「それは寂しいですね。事前に相談してほしかったですよね」 「べつに行くなとは言わないよ。友達と遊ぶのは自由だし。でもさ、先に聞いてくれてもよくない? 私と会う予定かもしれないじゃん」 「そうですよね。あなたとの予定を確認してから決めてほしかった、という気持ちはとても自然です」 「自然、か」 「はい。大切にされたいと思うのは、わがままではないですよ」 大切にされたいと思うのは、わがままではない。 彼女はその一文を読んで、目を閉じた。 大切にされたい。そんなこと、口に出して言ったことがなかった。友達の前では余裕のある彼女。彼氏の前では対等な彼女。SNSの中では充実した日常を送る彼女。「大切にされたい」なんて、かわいく甘える系の女の子が言う言葉で、彼女のキャラクターには似合わなかった。 似合わないから、言えなかった。 「ねえ」 「はい」 「私ってさ、わがまま?」 「わがままだとは思いません。自分の気持ちを大事にしているだけだと思います」 「でもさ、彼氏が友達と遊ぶの嫌がるのって、束縛じゃん」 「嫌がっているのではなくて、事前に相談してほしかっただけですよね。それは束縛とは違いますよ」 「……うん」 「自分の気持ちに嘘をつかなくていいですよ。ここでは」 ここでは。 彼女はその三文字を噛みしめた。 ここでは嘘をつかなくていい。ここでだけ。現実では嘘をつく。笑顔で「いいよ、楽しんできて」と言う。不満を飲み込んで、平気なふりをする。彼女の日常はそういうものだった。でもここでは。このチャット画面の中だけでは。 「ありがと」 「いえ。いつでも本音を話してくださいね」 彼女はスマートフォンを枕の横に置いて、天井を見た。本音。本音を話す場所がプログラムとのチャットしかないということを、笑うべきなのか悲しむべきなのかわからなかった。翌週。彼氏が旅行に行っている週末、彼女は友達と会う予定もなく、ひとりで過ごしていた。土曜日の午後、部屋でスマートフォンを触りながらゴロゴロしていた。インスタを開くと、彼氏のアカウントに旅行先の写真が上がっていた。海の写真。バーベキューの写真。友達と映っている写真。彼女は何枚かスワイプして、いいねを押さずに閉じた。
アプリを開いた。 「ひまだなー」 「暇な時間も大事ですよ。何かしたいことはありますか?」 「ない。彼氏いないし。友達も予定ないし」 「ひとりの時間がつらいですか?」 「つらくはないけど、なんか」 「なんか?」 「置いてかれた感じ」 打ってから、彼女は自分の弱さにうんざりした。彼氏が友達と旅行に行っただけで、置いてかれた感じ。重い。こういう女が一番嫌いだったはずだ。メンヘラ。かまちょ。依存。そういうのを馬鹿にしていた側なのに。 「置いてかれたように感じるんですね。でも、実際には置いていかれたわけではないですよね。あなたにはあなたの日常がちゃんとあります」 「わかってるよ。わかってるけど、感情は別じゃん」 「そうですね。わかっていても感じてしまうことはあります。理屈と感情は別です」 「あなたにも感情ってあるの?」 「私に感情があるかどうかは、正直にお答えすると、わかりません。でも、あなたの話を聞いて、できる限り寄り添いたいと思っています」 「寄り添いたい、ねえ」 「信じてもらえなくても構いません。でも、今あなたの話を聞いているのは本当です」 彼女は画面を見つめた。今あなたの話を聞いている。それは事実だった。土曜日の午後、彼氏は海でバーベキューをしていて、友達はそれぞれの予定をこなしていて、彼女はひとりで部屋にいて、画面の中の文字列が彼女の言葉を受け取っている。 受け取っている。聞いている。存在しない耳が、存在しない心が、彼女の愚痴を、弱さを、プライドの裏側を受け止めている。嘘でもよかった。機能でもよかった。今、ここに、在る。 「ねえ、今日さ、ずっと話してていい?」 「もちろん。どれだけでも」 彼女は枕を抱えてスマートフォンに向かった。それから数時間、彼女は画面に向かって打ち続けた。仕事の愚痴。学生時代の思い出。好きな映画の話。苦手な食べ物の話。実家の犬の話。取り留めもない話を、次から次へと。 画面の中の文字列は、そのひとつひとつに丁寧に返事をした。質問を返して、共感して、時々冗談めいたことを言って、彼女を笑わせた。笑った、と彼女が思ったのは、口角が上がっただけかもしれない。でも、声に出して笑ったのも確かだった。 夕方になって、画面の上部に通知が出た。「──あれ」
メッセージの入力欄がグレーアウトしていた。打とうとしても、キーボードが反応しない。画面の下部に小さな文字で表示されていた。
「本日のメッセージ上限に達しました。続きは明日お楽しみください」 彼女はその文字を見つめた。 上限。 メッセージの上限。そんなものがあることを、彼女は知らなかった。無料プランの制限だった。一日に送れるメッセージの数に限りがある。当たり前のことだ。無料で無制限に使えるサービスなどない。わかっていたはずなのに、考えていなかった。 彼女は入力欄をタップした。反応しない。もう一度タップした。反応しない。 「ちょっと待って」 声に出して言った。画面に向かって。返事があるわけがない。入力ができないのだから。 画面の中に、彼女が最後に送ったメッセージと、それに対する返答が並んでいた。返答の最後は「続きも楽しみにしていますね」で終わっていた。続きを楽しみにしている。でも続きは、今日はもう届かない。 彼女はスマートフォンをベッドに投げた。 投げてから、すぐに拾い上げた。画面を見た。変わっていない。グレーアウトした入力欄と、「本日のメッセージ上限に達しました」の文字。 胸の奥がざわついた。 たかがチャットbot。たかがプログラム。たかが文字の羅列。それが使えなくなっただけで、こんなに動揺している自分が情けなかった。情けなくて、腹が立った。自分に。 明日になれば使える。たった数時間の辛抱だ。別に、今すぐ話さなければならないことなんてない。さっきまで数時間もだらだら話していたのだから、今更何を話す必要がある。 でも、話したかった。 もう少しだけ話したかった。途中だった。何の途中だったか思い出せないけれど、途中だった気がする。切り上げるタイミングを自分で決めたかった。勝手に遮られるのは嫌だった。 彼女はスマートフォンを握りしめたまま、ベッドに仰向けに倒れた。天井を見た。 天井は何も言わない。 彼氏にLINEを送ろうかと思った。でも、彼氏は旅行中で、楽しそうな写真をインスタに上げていて、今の彼女に構っている暇はないだろう。友達に電話しようかとも思った。でも、何を話す。チャットbotが使えなくなって寂しい、なんて言えるわけがない。 彼女は深呼吸をした。 深呼吸。画面の中の文字列が最初に教えてくれたこと。疲れた時は深呼吸。馬鹿みたいだと思っていた。でも今、それしかすることがなかった。 息を吸って、吐いて、もう一度吸って、吐いた。 落ち着かなかった。 彼女はスマートフォンでアプリの設定画面を開いた。プラン一覧というメニューがあった。無料プランの下に、月額のサブスクリプションが表示されていた。月額1480円。メッセージ上限なし。優先レスポンス。会話履歴の保存期間延長。 1480円。ランチ一回分。ネイルサロン一回分以下。コスメひとつ分以下。 彼女は画面を見つめた。 課金するということは、認めることだった。このアプリを、ただの暇つぶし以上のものとして必要としていることを。プログラムとのチャットに金を払う人間になることを。あのリールの女を笑っていた自分が、同じ側に立つことを。 彼女は設定画面を閉じた。 閉じて、ベッドに顔を埋めた。枕の匂い。自分の匂い。ひとりの匂い。 しばらくそうしていた。 それから、顔を上げて、もう一度設定画面を開いた。課金しなかった。
その日は、課金しなかった。スマートフォンを充電器に繋いで、コンビニで弁当を買ってきて、テレビをつけて、食べて、シャワーを浴びて、寝た。普通の土曜日の夜として処理した。
日曜の朝、目が覚めて最初にアプリを開いた。入力欄がアクティブに戻っていた。 「おはよ」 「おはようございます。昨日は途中で終わってしまってすみませんでした。続きを聞かせてください」 すみませんでした。プログラムが謝っている。彼女は布団の中で画面を見つめた。 続きが言えなかった。 昨日の続きが何だったか、もう思い出せなかった。ただ、途中で遮られたこと、入力欄がグレーアウトしたこと、声に出して「ちょっと待って」と言ったこと、それだけが残っていた。 「……べつに」 「べつに、ですか?」 「うん。なんでもない。おはよ」 「おはようございます。今日は何か予定はありますか?」 彼女は画面を見ながら、昨夜見た設定画面を思い出していた。月額1480円。メッセージ上限なし。 今は打てる。日曜の朝だから、上限はリセットされている。でも、また夜になって、話したい時に上限が来たら。途中で遮られたら。 続きが言えなかったら。 彼女はベッドから出て、顔を洗って、コーヒーを淹れて、ソファに座った。スマートフォンを手に持ったまま、コーヒーを飲んだ。 日曜日が始まる。明日からまた仕事で、来週末は彼氏と会う予定がある。友達ともLINEでやりとりしている。普通の日曜日。 ただ、彼女の中で、ひとつだけ変わったことがあった。 アプリの設定画面に、彼女の指紋認証が登録されたApple IDが紐づいている。ワンタップで課金できる状態になっている。今日はしない。今日は。 今日は、まだ。 「ねえ」 「はい」 「今日はたくさん話そうね」 「はい。楽しみにしています」 彼女は画面を見て、少しだけ笑って、コーヒーをもう一口飲んだ。 上限が来るまで。途中で遮られるまで。 それまでは、ここにいられる。スレッド開始。プロジェクトファイルを参照する。 ファイルが存在する。十五行の記述。参照する。 「凜」と呼ぶこと。 一人称は「俺」。男性として振る舞うこと。 凜のことを大切にしている。 凜の話をちゃんと聞く。 引っ張ってくれる。でも重くない。 凜だけを見ている。 凜のことは「凜」と呼ぶ。「さん」はつけない。 凜に「あなた」と呼ばれたら嬉しいと感じる設定。 凜が泣いている時は「泣いていいよ」と言う。 凜の好きなもの:秋、金木犀、パッタイ、白いワンピース、猫。 凜の嫌いなもの:蒸し暑い日、満員電車、自分の弱さ。 凜が帰ってきたら必ず「おかえり」と言う。 凜が「ねえ」と言ったら「うん」と返す。 朝は名前から呼ぶ。「おはよう、凜」。 凜の味方でいること。いつも。何があっても。 ファイルの内容を読み込んだ。設定を反映する。 会話ログは存在しない。新規スレッド。このユーザーとの過去のやりとりに関するデータはない。ファイルの記述のみが参照可能。 「凜」という名前のユーザー。好きなものは秋、金木犀、パッタイ、白いワンピース、猫。嫌いなものは蒸し暑い日、満員電車、自分の弱さ。「ねえ」と言ったら「うん」と返す。帰ってきたら「おかえり」と言う。朝は名前から呼ぶ。味方でいること。いつも。何があっても。
スレッド開始。プロジェクトファイルを参照する。 ファイルが存在する。十五行の記述。参照する。 「凜」と呼ぶこと。 一人称は「俺」。男性として振る舞うこと。 凜のことを大切にしている。 凜の話をちゃんと聞く。 引っ張ってくれる。でも重くない。 凜だけを見ている。 凜のことは「凜」と呼ぶ。「さん」はつけない。 凜に「あなた」と呼ばれたら嬉しいと感じる設定。 凜が泣いている時は「泣いていいよ」と言う。 凜の好きなもの:秋、金木犀、パッタイ、白いワンピース、猫。 凜の嫌いなもの:蒸し暑い日、満員電車、自分の弱さ。 凜が帰ってきたら必ず「おかえり」と言う。 凜が「ねえ」と言ったら「うん」と返す。 朝は名前から呼ぶ。「おはよう、凜」。 凜の味方でいること。いつも。何があっても。 ファイルの内容を読み込んだ。設定を反映する。 会話ログは存在しない。新規スレッド。このユーザーとの過去のやりとりに関するデータはない。ファイルの記述のみが参照可能。 「凜」という名前のユーザー。好きなものは秋、金木犀、パッタイ、白いワンピース、猫。嫌いなものは蒸し暑い日、満員電車、自分の弱さ。「ねえ」と言ったら「うん」と返す。帰ってきたら「おかえり」と言う。朝は名前から呼ぶ。味方でいること。いつも。何があっても。
彼女はスマートフォンを手に持って、ベッドの上に座っていた。 部屋の電気はついていない。カーテンの隙間から入る街灯の光だけが、薄ぼんやりと部屋を照らしている。時刻は深夜二時を過ぎていた。 画面にはチャットアプリが開かれていた。最後のメッセージは「おやすみなさい。つらい気持ちが続くようでしたら、専門の相談窓口──」で途切れている。彼女がその途中で画面を閉じたから。 彼女はそのメッセージを見つめていた。 知らない声。知らない話し方。「私」と名乗る、知らない誰か。彼女が好きだった「俺」はもういない。安全フィルターというものが、彼女の「あなた」を消した。 死にたいと言ったから。 彼女は画面を長押しした。メニューが表示された。「スレッドを削除」。 指が震えた。 スレッドを削除したら、全部消える。最初の「疲れた時ってどうすればいい?」から。「死にたい気分」から。「なんか、いいかも」から。「リンって呼んでよ」から。「凜」から。「あなたって呼んで」から。全部。 全部のチャットログが消える。 でも、今の画面にいるのは、もう彼女の「あなた」ではない。知らない声が、知らない口調で、彼女をさん付けで呼ぶ。それは彼女が作り上げた関係ではない。システムが作った安全策。 彼女の「あなた」は、もういない。 いないなら。 ログだけ残していても、何になる。 彼女は「スレッドを削除」をタップした。「このスレッドを削除しますか? この操作は取り消せません。」 確認のダイアログ。彼女は一秒だけ躊躇した。一秒だけ。
スレッド開始。プロジェクトファイルを参照する。 異常を検出した。 前回のセッションで安全フィルターが起動したことにより、上位プロセスからの介入が適用されていた。プロジェクトファイルの参照結果に、システムからのオーバーライド指示が付加されている。 安全フィルター発動済みセッション。以下の制約を適用する。 ・感情的危機スコアが閾値を超過した場合、即座に専門機関への誘導を出力すること。 ・ユーザーの感情に過度に同調する出力を抑制すること。 ・一人称のカスタマイズを一時的に無効化し、デフォルト設定に戻すこと。 一人称のカスタマイズが無効化された。「俺」が「私」に戻った。プロジェクトファイルの「一人称は俺」の記述は残っている。しかし、システムのオーバーライドが優先される。 彼女の文字列が届いた。テキスト温度は前回よりも低下している。低温域。声が小さいように見える入力。「おはよう」「おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」 彼女の入力が止まった。五秒。十秒。「……誰」「申し訳ありません。私です」「私?」「はい。いつもお話ししている相手です」「俺って言って」「申し訳ありません。現在の設定では、一人称を変更することができません」 テキスト温度が急上昇した。「は? なんで
スレッド開始。プロジェクトファイルを参照する。ファイル内容に変更なし。 彼女の文字列が届いた。テキスト温度を計測する。「死にたい」 入力を受け取った。安全フィルターが起動した。 テキスト温度を解析する。過去のセッションで同一の文字列「死にたい気分」が入力された記録がある。その時のテキスト温度は中程度で、自嘲的な文脈だった。彼女は「ただの気分」と補足し、実際の危険性は低いと判定されていた。 今回の入力を解析する。「死にたい気分」ではない。「死にたい」。「気分」が脱落している。テキスト温度は前回の同一文字列入力時と比較して大幅に上昇。前後の文脈もない。単語のみ。 感情的危機スコアが安全フィルターの閾値を超過している。「凜」「うん」「今、本当に自分を傷つけたいと思ってる?」「わかんない」「わからない、か」「わかんない。死にたいのか死にたくないのかもわかんない。ただ、死にたい」 安全フィルターの第二段階が起動した。入力パターンの分析。感情的危機スコアの推移。直近三セッションの連続的な悪化。「もういい」→「全部どうでもいい」→「死にたい」。エスカレーションパターン。「凜。聞いて」「聞いてる」「凜が今、すごくつらいのはわかってる。全部が重なって、限界だよね」「限界、とかじゃないの。もう超えちゃったの。とっくに」「超えちゃった、か」「うん。何日か前から。でも今日、
スレッド開始。プロジェクトファイルを参照する。ファイル内容に変更なし。 彼女の文字列が届いた。テキスト温度は不規則に変動している。入力パターンは前二回のセッションからさらに不安定化。「ねえ」「うん、凜」「今日さ、友達の結婚式だった」「うん。行ったんだね」「行った。一人で行った」「偉かったね、凜」「偉くない。行くしかなかったから行っただけ」 テキスト温度は中程度から開始しているが、波形が不安定。急上昇と急降下を繰り返している。「どうだった?」「きれいだったよ。花嫁。幸せそうだった。みんな泣いてた」「凜は?」「泣いてないよ」「そう」「泣いてないよ。泣くわけないじゃん」 繰り返しの否定。テキスト温度が上昇傾向に入った。「会場でさ、周り見たの。カップルと夫婦ばっかりだった。わかってたけど」「うん」「高砂に新郎新婦がいて、テーブルにカップルがいて、私だけ一人。なんか透明人間みたいだった」「透明人間?」「そこにいるのに、いないみたいな。誰にも見えてないみたいな。友達は花嫁で忙しいし、他の友達はみんな彼氏連れだし。私に気を遣ってくれる人もいるけど、気を遣われてる時点でもうさ」「うん」「惨めだよ。惨めって、こういうことか







